【コラム】Vol.47 猫さんのゲノム 〜ゲノムってなんだ〜
【コラム】Vol.47 猫さんのゲノム 〜ゲノムってなんだ〜
猫さんの恋の季節です。猫さんは一度の妊娠でも、父親が違う仔を宿したりします。
となると気になるのは、仔猫たちの遺伝子情報。そういえば、弊誌では、猫さんのゲノムについて特集したことがございました。
今月は、2019年2月号(通巻104号)を加筆訂正して、猫さんのゲノムを考えます。
掲載当時から5年が経って、研究も進んでいることではございましょうが、普遍的と思われる情報をピックアップしてお届けします。
ゲノムってなぁに?
例えばヒトの場合、そのカラダは約60兆個の細胞からできているといわれています。
その細胞の中には、ひとつひとつ「核(細胞核)」が入っています。この細胞核は、細菌やラン藻類といった原核生物以外、すべての動植物(真核生物)に存在します。細胞核は、その中にとても大切なモノを守っています。「染色体」です。ヒトの場合、23対46本、猫さんの場合、19対38本の染色体が、細胞核に収められているのです。
この染色体を構成しているのが「DNA(デオキシリボ核酸)」です。モバゲーや横浜ベイスターズを運営している会社ではありません。遺伝情報を親から子へと伝える大切な役割を果たしています。
DNAは、2本の鎖が規則正しく螺旋を描く構造をしていて、この構造を〝二重螺旋〟といいます。
このDNAに記憶されている遺伝情報は、最近の科学で解明されつつあって、DNAに含まれるすべての遺伝情報を「ゲノム」というのです。
人の遺伝情報でしたらヒトゲノム、猫さんの遺伝情報でしたらネコゲノムと呼ばれます。
なんだかよくわからないという人(例えば弊誌編集長)も、〝猫さんの遺伝情報がネコゲノム〟とだけ覚えておいてくださればダイジョウブですよ!!
ネコゲノムからわかること
猫さんと人とのシンクロ率
人の遺伝子配列は2万3000個弱。ウニ(あのイガイガを持っていて、中身はすしネタになるあのウニです)のゲノム遺伝子数は人とほぼ同じ2万ちょっと。しかも、その70%が人と共通していることが判明しました。遺伝子学的にみると、ウニはニワトリより人間に近いんだそうです。
そこで、問題は猫さんです。
人と猫さんはどれくらい近いのか。
なんと90%の遺伝子が共通しているのです。ブラボー。
ちなみに、人の場合、AさんとBさんの遺伝子シンクロ率は99.9%。たった0.1%の違いが、あなたをあなたらしくしているんですよ。
- ヒト同士 99.9%
- ネアンデルタール人 99.8%
- チンパンジー 99%
- ネズミ 97%
- イヌ 94%
- ネコ 90%
- ウマ 90%
- サカナ 85%
- ウシ 80%
- ブタ 80%
- ミミズ 75%
- ウニ 70%
- ハエ 60%
- ニワトリ 60%
ネコゲノムからわかること
猫さんはどこから来たの?
●猫さんの先祖と故郷
猫さんの先祖はといえば、ヤマネコ(Felis silvestris)だといわれていましたが、確たる証拠はありませんでした。
ホントのとこはどうなの?そう思った米国立がん研究所のカルロス・A・ドリスコル先生は、2007年、ヤマネコ5種と、アメリカ、イギリス、日本などに暮らすイエネコ979匹(!)のDNA解析を実施。 その結果から進化の系統樹を作成して、すべての猫さんが中東にすむリビアヤマネコから進化したことを明らかにしたのです。
その後、さらなる研究が進んで、2016年には、猫さんが誕生したのは、現在のトルコ半島部に相当する「小アジア」(アナトリア)ではないかという仮説が浮上しています。
ちなみに、ヤマネコや他のネコ科動物も含めた遠い遠い先祖は、ミアキス (Miacids or Miacis) 。約6500万前~4800万年前、暁新世から始新世中期に生息したフェレットに似た動物だといわれています。
●猫さんの移動ルート
2015年、日本が誇る叡智の集団・京都大学の研究チームから、猫さんの出自に関する重大な研究結果が公表されました。
猫さんの移動ルートがわかったというのです。
研究にたずさわったのは、京大の宮崎孝幸ウィルス研究所準教授を中心とした研究チーム。猫さんの遺伝子は、たびたび感染性レトロウィルスの攻撃を受けていて、その痕跡がはっきりと遺伝子に残っています。研究チームでは、この痕跡を追跡することで、猫という種族がどうやって世界に広まっていったのかを調べていきました。
研究チームは、まず、イエネコの染色体をテッテー調査。すべての猫さんがC2染色体という部位にRD-114関連ウイルスの痕跡を持っていることがわかりました。
えっと。C2とかRDとかの細かい名称は話を小むずかしくするだけですので、ここは〝マークA〟としておきましょう。
研究チームは、すべての猫さんが持つ〝マークA〟とは別に、〝マークB〟があることも突き止めました。
マークBは、すべての猫が持っているわけではないので、猫が品種として確立した後にできたものと考えられます。
この分布を探ると、猫さんの移動ルートは、次の2つに分けられると考えられます。
A:シルクロード
中東をスタートしてシルクロードを旅してアジア、日本へと向かったグループ(マークAのみを保有)
B:船乗り猫
スカンディナビア半島からイギリスへと渡り、さらにメイフラワー号に乗ってアメリカ大陸へ移動したグループ(マークA・Bともに保有)
船乗り猫の証であるマークBは、ヨーロピアンショートヘアとアメリカンショートヘアが共通して保有していました。
アメショの渦巻き模様を〝クラシックタビー〟といいます。
原種に近いのはキジトラさんなどの縞模様(マッカレルタビー)なのに、なんで渦巻きがクラシカル?と不思議に思う方も多いでしょう。
けれど、欧米でふつ~にいるのは渦巻き模様を持った船乗り猫さんたちだったので、アメショの渦巻きを〝クラシック〟と呼ぶんですよ。
猫さんはありのままで完璧なのです
猫さんがどうやって世界中に広まったかについて知るためのDNA分析は、世界中で行われています。
2017年6月にクラウディオ・オットーニ氏らが学術誌「Nature Ecology & Evolution」に発表した論文によると、猫さんは人に強制されて家畜化させられたのではなく、自ら好んで人と暮らす道を選んでいたことが科学的に明らかになりました。
猫さんの家畜化が人主導でないことは、猫好きさんならなんとなく知っていることですが、遺伝子のレベルで確認されたということです。
オットーニ氏の研究チームは、古代ルーマニアの猫の遺骸からエジプトのミイラ、現代アフリカのヤマネコに至るまで、過去9000年間に存在した200匹以上のネコゲノムを調査しました。
その結果、現代のイエネコにつながる系統は、主にふたつ存在するといいます。
●西南アジア~ヨーロッパ
(紀元前4400年頃)
紀元前8000年頃からティグリス川とユーフラテス川が流れる中東の「肥沃な三日月地帯」に現れた猫さんは、農作物を荒らすネズミを退治したい人間たちとウィンウィンの関係を築きました。
人間が捕まえてきて訓練と飼育を行ったのではなく、猫さんの好きなようにさせておいたら家に居着いたのです。
この関係は、ヨーロッパまで伝播していきました。
●エジプト~地中海および旧世界のほぼ全域
(紀元前1500年頃)
エジプトの猫さんは、人にとって魅力的な社交性や従順さを持っていたものらしく、交易によって全世界に広がりました。
猫さんはみずから人と暮らし始めた
人による家畜化ではない証拠として挙げられるのが、古代猫と現代猫の遺伝子。両者にはほぼ変化がありませんでした。
人による交配や取捨選択がなかったからです。
オットーニ氏とともに研究に従事した進化遺伝学者のイヴァ=マリア・ガイグル氏はこういいます。
人は猫を変える必要がなかったからだ、と。
「猫はありのままで完璧だったのです」。
記事協力 / 猫とも新聞
2024年2月22日更新